映像編集をメインとしたMacintoshとカメラ、さらにAV機器から愛用のカバンや時計まで、 モノ関係の欲望とレビューのモノローグ SINCE 2006

Steve Jobs 1955-2011

スティーブ・ジョブス氏の訃報を知ったのは大学に向かうスクールバスの中だった。

大学で会ったMac派の教員は、みな、言葉少なだった。短く、早いよね、と会話するのが精一杯だったように思う。
twitterのTLやFacebook、Google+で、いろいろなひとがそれぞれの形で彼の死を悼んでいた。

泣く人、呆然と立ち尽くす人、AppleStoreに献花するひと、アップルストアの象徴とも言えるリンゴマークの明かりは消され、黒いモノリスのようなストアでは真っ赤な目をして明るく接客するスタッフが居たという。

Jobs

御茶ノ水のデジタルハリウッド東京校では、まさにいま、杉山学長の呼びかけで多くの業界人が集まり、静かにジョブスの思い出を語りあっている。
関係者から誘って頂き、仕事帰りに近くまで行ったが、寄らずに帰ってきた。
誰かと会って、ジョブスのことを口に出したら、絶句してしまいそうだから。
語るべき言葉が見つからないのが正直なところ。

昼間、大学でふと見上げると朝までの雨があがって、青空が広がっていた。
うつむくな、仕事に戻れ、とジョブスが言っているようだった。

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幸いにも今日の演習は多数のMacintoshに囲まれて、Final Cut Proを教えるものだった。
学生に、スティーブ・ジョブスの話はしなかった。若い彼らに語るべきは、偉大な人間の話ではなく、その彼が作り出した様々な製品の話ですらなく、その製品を駆使して、なにを作り出すか、だと思うから。

アップルは後ろを振り返ることをしない会社だ。128kが、とか、SE/30が、とか、CXが、なんて感傷とは無縁の風土だと思う。
その辺の感傷は寧ろ古参ユーザーの方が強いと思う。アップル自体は、いまと、そして未来にしか興味がない会社だ(と思う)。

のんびりとした余生は不要だと言わんばかりの訃報だった。
その名の通りの生き方だったと思う。
ありがとう。おつかれさまでした。
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